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田力ノート

無農薬、無肥料稲作栽培の記録から
カラマツ/唐松
マツ科カラマツ属、落葉針葉樹
八戸自動車道下り「折爪SA」(岩手県九戸郡軽米町)で撮影



















 鮮やかな紅葉を見せることの少ない針葉樹にあって、カラマツの紅葉には独特の鮮やかさがある。そう感じるのは、少年時代にカラマツの疎林を歩き、その彩りを心の中に焼き付けていたからかもしれない。

 晩秋の朝、カラマツの落葉が積もる疎林を歩く。天を眺めれば暖かな松葉の色彩がある。その空間が心に静寂を与え、木々の声が聞こえてくるようであった。

 少年の頃の思い出である。



【追記:H24.1.21「知り合いの爺さんより」】

 唐松は繊維が絡まっているので、製材過程で生じるオガクズが服について離れず、製材屋泣かせの用材だ。しかも、その繊維の特徴から、精度の良い加工もできない。用途としては、せいぜい杭に使える程度だ。

 それでも、あちこち唐松の人工林がある。唐松は苗の成長が速いから手軽で、終戦直後に盛んに植えられたからだ。今となっては、用材にも使えないし、仮に使えても安いから、伐採と搬出で赤字になる。なんとも難儀な森になった。

 どうだ、おまえ、この煮ても焼いても食えない「唐松」な、どう使えば役に立つのか考えるだけの頭があるか?おめえの知恵を試してやる。



自然の暖かさ、ライスフィールドの薪


注1)森と人との関わりに関係する記録を綴っています。
注2)黒文字は一般事項を、青文字は編者らの雑感を、茶文字は文献からの引用を記してます。
注3)場所の記載が無い写真は、宮城県加味地方の山林で撮影しています。


JUGEMテーマ:森ガール
| 森の木々 | 14:03 | comments(0) | - | pookmark |
5章 仏教の伝来

・伝来した仏教は、最初に氏族間の私的信仰として受け入れられたが、次に聖徳太子により一切を包容融合する統一的原理として「一大乗」の思想が鼓吹され、そして律令国家を支える鎮護国家仏教となる。

・律令時代の僧は鎮護国家仏教といった体制から、国を権威づける理論の担い手であり、国家官吏とも言える存在であった。

・しかし鎮護国家仏教は財政を負担し、僧侶の堕落により長く続かなかった。

・平安末期から鎌倉時代にかけ、国家の宗教は貴族、武士、民衆の宗教となり、ついに親鸞に代表されるような日本独自の仏教を生み出すに至る。


(権威を下支えするための鎮護国仏教)
 律令制度では氏が神祠官の「権威」により連合し、そして氏の代表が太政官構成して「権威」を担ったと解説した。この体制を強固なものとするため、仏教の「理」が借用されたのではないかと考える。

 そのために「仏の本地はインドで、それが伊勢に垂迹して天照大神となった」とする本地垂迹説により、神仏合一が必要となった。

(権威を下支えするための鎮護国仏教)
 律令の時代、大和朝廷は盛んに蝦夷征伐に励んでいる。いわば異民族を大和国家の体制に組み入れるために力を注いだわけであるが、そもそも蝦夷は神祠官が持つ権威の外に置かれる異民族である。征伐された蝦夷は大和の武力に対して一時的な外面的服従を装うだろうが、彼らは大和文化を背景に成立する神祠官に権威を感じていない。そのために反乱が相次ぐ。

 このように権威なき統治には強大な武力が必要となるが、それは非経済的であるから国家財政を危うくする。この際、効果的なのは民族を越え、「理」を共有できる世界宗教を権威の担保として行う統治である。日本の律令時代では、その「理」を仏教に求めたのではなかったか?

  
【記:平成23年11月3日】


 山本七平著「日本人とは何か。」をテキストに、日本社会及び日本の農村社会の構造を考察しております。テキストを要約した部分を茶文字で、本ブログ著者の所見につていは青文字で記載しております。

| 「日本人とは何か」を読む | 22:49 | comments(0) | - | pookmark |
ミズナラ/水楢
ブナ目ブナ科コナラ属、落葉広葉樹
写真は宮城県の栗駒山で撮影。












 ミズナラとコナラはよく似るが、里山でよく見られるコナラに比べ、ミズナラは高地でよく見られる。そしてコナラに比べて幹が太く、樹高も高い。
 またコナラの葉柄が長くはっきりしているのに対しミズナラは短い。さらにドングリの着き方でも両者を区別することができる。





ミズナラのドングリ





コナラのドングリ











 用途で論ずるなら、コナラは薪材としての印象が強いのに対し、ミズナラは家具材として優れ、その材質は堅く、カンナで磨けば青光りするほどである。

 またミズナラは大木に育ち、洞が出来るのでマイタケなどキノコが良く生える。



自然の暖かさ、ライスフィールドの薪


注1)森と人との関わりに関係する記録を綴っています。
注2)黒文字は一般事項を、青文字は編者らの雑感を、茶文字は文献からの引用を記してます。
注3)場所の記載が無い写真は、宮城県加味地方の山林で撮影しています。

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| 森の木々 | 19:59 | comments(0) | - | pookmark |
ホオノキ/朴の木/ほほがしは
モクレン科、落葉高木
写真は宮城県大衡村の達森で撮影。













H23.10.9 栗駒山にて撮影





H23.10.9 栗駒山にて撮影



【万葉集から】

 皇神祖(そめろき)の、遠御代御代は、
 い布き折り、酒飲みきといふそ、此の厚朴(ホホガシハ)

(意味)天皇の遠い御代御代には広げ折って酒を飲んだという、ホホガシハである。

(解説)ホオノキの葉は大きくて、芳香があるために食物を包んだり、食器代わりに用いられているが、それが万葉時代以前からであったことをこの歌は物語っているのである。

引用:「ハーブ万葉集」
    大貫茂 著/誠文堂新光社



注1)森と人との関わりに関係する記録を綴っています。
注2)黒文字は一般事項を、青文字は編者らの雑感を、茶文字は文献からの引用を記してます。
注3)場所の記載が無い写真は、宮城県加味地方の山林で撮影しています。

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| 森の木々 | 00:31 | comments(0) | - | pookmark |
クリ/栗
ブナ科クリ属、落葉広葉樹
写真は宮城県の大衡村の達居森で撮影。




























 用材としてのクリは、その材質が堅く、またタンニンが多く含まれるため腐食し難い特徴を持つ。


注1)森と人との関わりに関係する記録を綴っています。
注2)黒文字は一般事項を、青文字は編者らの雑感を、茶文字は文献からの引用を記してます。
注3)場所の記載が無い写真は、宮城県加味地方の山林で撮影しています。

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| 森の木々 | 00:30 | comments(0) | - | pookmark |
クヌギ/椚/つるばみ
ブナ科コナラ属、落葉高木
写真は宮城県の大衡村達居森で撮影。














 クヌギは薪材として優れ、コナラやサクラに比べれば1.5倍ほど火持ちが良い。



【万葉集から】

紅は、移ろふものそ
橡(つるばみ)のも馴れにし衣に、なほ若(し)かめやも

 大伴家持(巻18−4109)


(意味)クレナイで染めた色は消えやすいものだ。ツルバミで染めた地味な衣(長く連れ添った妻)にやはり及ぶはずがないものを。

(解説)ツルバミキの現代名はクヌギで、六首の歌に詠まれているが、この歌をはじめとしてすべての歌が「つるばみ」の木汁を材料としてうたったものばかりである。

引用:「ハーブ万葉集」
    大貫茂 著/誠文堂新光社




自然の暖かさ、ライスフィールドの薪


注1)森と人との関わりに関係する記録を綴っています。
注2)黒文字は一般事項を、青文字は編者らの雑感を、茶文字は文献からの引用を記してます。
注3)場所の記載が無い写真は、宮城県加味地方の山林で撮影しています。

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| 森の木々 | 00:30 | comments(0) | - | pookmark |
コナラ/小楢
ブナ目ブナ科コナラ属、落葉広葉樹
写真は宮城県の大衡村達居森で撮影。












 ミズナラと異なり、里山など低山に良く見られるコナラは薪材として活用される事が多い。そのためかミズナラは大木、コナラは小木のイメージがある。




 コナラは里山に多く見られ、薪材としてよく使われる。コナラなど里山の広葉樹の多くは、伐採しても写真のように株もとから再生し、皆伐しても20年程度で、森が再生する。

 このように広葉樹林の薪利用は、需要と供給のバランスが図れる限り持続可能な再生可能エネルギーであり、日本の里山は昭和初期まで持続可能な薪材供給地として活用されてきた。











【万葉集から】

下野(しもつけ)の、三加母(みかも)の山の、小楢のす
ま麗(ぐわ)し児らは 誰が笥(け)か持たむ

 東歌     


(意味)下野のみかもの山に茂っている美しい小楢の葉のように、美しく可哀らしいあの娘は、誰の妻になって、食事の器を持つだろう、御飯の世話をするだろう

(雑感)万葉集の東歌は、中央から離れた東国人の歌であり、民衆の生活と感情を生き生きと歌っている。特に多いのは恋の歌である。この歌ではコナラの葉を愛しき女性に例えている。

 初夏の頃、山の尾根を歩き空を見上げれば、陽の光に透けた幾重ものコナラの葉が輝く。万葉の頃「女なんて、葉っぱの数だけいるものさ。」そんな言葉をうそぶいたのでしょうか?




【救荒食物としてのドングリ】


 ドングリの色彩と丸みを帯びた形状は、食欲をそそるものがあるが、そのまま食べれば渋くて食べるに食べられない。栗はちょっと煮ると渋味がなくなるが、その程度ではドングリの渋味はとれない。
 ドングリにもいろいろ種類があって、シイなどは渋みが少ないようだが、人里近くで多量に採れるコナラのドングリは、なかなか渋味がとれない。本当に食べようと思ったら、手間と時間のかかる渋抜きをしなければならないのである。

 しかし、このドングリは救荒食物として、凶作時の緊急食料とされた時代がある。そう遠くない昔の話である。

 「岩手謎十話〜史書の余白から〜」(読売新聞社盛岡支局)

 では、昭和四年当時の岩手県九戸郡山根村の、ある農家の一週間分の食料と献立を紹介している。

 二十六日 ひえ七合、麦五合、ならの木の実 一升
 二十七日 ひえ五号、ならの木の実 一升

 この記録では、一週間、米一粒の記録も出てこなかったと言うことだ。その間、ヒエとドングリと幾ばくかの麦で、日々の食事を賄っていたのである。
 だから昔の人は、銀シャリなどと、米の飯を尊んだ。腹一杯、米の飯が食べたいと。米一粒々に神様が宿っているのだと。
 それなのに、今はなんと米あまり、日本人だったら米を食え!

 などと私は、思わない。

 先に紹介した九戸郡に軽米という町がある。米が獲れないから「軽い米」か?と言った友人がいたが、そうではなく、この軽米はアイヌ語の「カル・モイ」に由来すると言われている。

 それはともかく、この軽米は冷涼な気候(やませ)と山岳の冷たい水で、稲作の冷害を受けやすいのは事実で、おそらく昭和初期頃までは先の山根村と同じような状況にあったと思われる。しかし米が十分に獲れない軽米だが、その代わり寒さに強い雑穀文化が栄えた。

 現在では、この雑穀が町の産物となり、町おこしの中心になっている。貧しい時代の工夫が宝となったのだろう。米ばかりに囚われていたら、貧しさの工夫は時代とともに忘れられ、宝に昇華することなどなかったのではないか?

 「大和男児なら米を食え!」

 実のところ、そのような攘夷主義は嫌いではなかったりする。しかしである、客観的に考えれば偏狭な思想は危うきに通ずる。
 「米を食え!」と叫ぶことが、結果として稲作を衰退に招くことも考えられないか?

 既に銀シャリ至上主義の時代には過ぎ去った。食のゆとりが生まれた時代、様々な地域の伝統や知恵に触れてみるのが一番の贅沢である。そして、そのゆとりの心が、新しい豊かさを再生産していくものと信じているのである。




自然の暖かさ、ライスフィールドの薪


注1)森と人との関わりに関係する記録を綴っています。
注2)黒文字は一般事項を、青文字は編者らの雑感を、茶文字は文献からの引用を記してます。
注3)場所の記載が無い写真は、宮城県加味地方の山林で撮影しています。

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| 森の木々 | 00:29 | comments(0) | - | pookmark |
ハナミズキ/花水木
ミズキ科ミズキ属ヤマボウシ亜属、落葉高木
写真は宮城県の大衡村達居森で撮影。















 


注1)森と人との関わりに関係する記録を綴っています。
注2)黒文字は一般事項を、青文字は編者らの雑感を、茶文字は文献からの引用を記してます。
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| 森の木々 | 00:21 | comments(0) | - | pookmark |
ブナ/ソバグリ
ブナ科ブナ属、落葉広葉樹
写真は宮城県の船形山で撮影。





























H23.10.9 栗駒山にて撮影



 用材としてのブナはナラより柔らかく、サクラと同程度の堅さがある。
 

【古事記に記されるブナの歌】

 宇陀(うだ)の高城(たかき)にシギわな張る
 我が待つやシギは障(さや)らず
 いすくわしクジラ障る
 前妻(こなみ)が菜乞わさば
 タチソバの実の無けくを、こきしひえね
 後妻(うわなり)が菜乞わさば
 イチサカキ、実のおほけくを、こきだひえね
 ええ、しゃこしや、こはいのごうぞ
 ああ、しゃこしや、こはあざわらうぞ

 これは日本書紀と古事記に記された神武天皇の御製で、大和平野とその周辺を平定された時に詠まれたものである。この御製に出てくる「タチソバ」をブナの実とするのが、「日本人と植物」の著者、前川文夫氏の説である。この説を解説してみる。

【ブナの別名、ソバクリ】
 通常「ソバ」とは「蕎麦」の意味にとらえられるが、『本草和名』(901〜923年頃に編纂)では蕎麦を「ソバムギ」と記録し、『倭名類聚鈔』(934年頃編纂)では「クロムギ」と記録している。いずれにしても、この頃の蕎麦は「ソバのような麦」あるいは「クロい麦」と意味づけられている。
 「クロい」とは読んで字の如く「黒い」の意味であろうが、それでは「ソバのような」とはどういった意味になろうか?
 これを解くヒントとしてブナの別名「ソバクリ」がある。これも「ソバのような栗」として解されるであろう。ブナの実は渋が少なく、栗同様に食べることができる。
 となれば、同じ食用となる穀物(麦と蕎麦)、堅実(栗とブナの実)を比較し、蕎麦とブナの実の共通点を発見すれば、それが「ソバ」本来の意味となる。

・「麦」と「栗」の共通点:食用となり、丸みを帯びた実に充実した果肉が詰まっている。
・「蕎麦」と「ブリの実」:食用となるが、その断面は三角型で、実に詰まる果実が少ない。

つまり、ソバとは「三角型にとんがった」という意味と解され、ソバムギ(蕎麦)とは「三角型にとんがった麦」との意味であり、ソバクリ(ブナの実)は「三角型にとんがったクリ」といった意味になるだろう。確かに現在でも三角型の山を眺めれば「山がそびえる」と表現する。

【神武天皇の御製の解釈】
 もう一度、神武天皇の御製に戻る。この歌では、いくつかの対が出てくる。

・「シギ」に対する「クジラ」
 →前者の肉は少なく、後者は豊か
・「前妻」に対する「後妻」
 →前者への愛情は少なく、後者は豊か

 「イチサカキ」についてはマテバシイと考えた。このマテバシイはやはりブナ科の木でドングリをつけるが、この実は丸く大きく果実が豊富で、渋が少ない。
 そして、この「イチサカキ」に対を為す「タチソバ」を三角型で実の少ないブナの実と解いたのである。
 これらの解から、先の御製を下記のように解釈した。

宇陀の高城に鴫わな張って、鴫のかかるを待ってはいたが、
鴫はかからず、とんでもない、大物鯨がひっかかったぞ。
前妻には、ブナの実みたいに、肉のうすいところをへぎとらせい
後妻にはうい奴マテジイの肉もたっぷり取らせなさい。
(一部、省略)

引用:「日本人と植物」 前川文夫 著 1973年 岩波書店発行




注1)森と人との関わりに関係する記録を綴っています。
注2)黒文字は一般事項を、青文字は編者らの雑感を、茶文字は文献からの引用を記してます。
注3)場所の記載が無い写真は、宮城県加味地方の山林で撮影しています。

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| 森の木々 | 23:10 | comments(0) | - | pookmark |
4章 神話と伝説の世界

・日本人は保守と革新性を併せ持ち、そして移ろい易い性格と頑固な継続性を両立させる。

・律令制は中国から輸入されたが、日本の統治者の正当性は在来の神話に求められる。

・日本は多神教であり、多くの神社がある。それが起請の対象であり、独特の契約集団を構成する。この古い神々を保持した保守性が、日本のおける近代化の素地となった。


(日本における革新と保守の原点)

 太政官は神話からの権威を継承しておらず、いつでも取り替え可能な体制であり、革新的な政治を行うためのよりどころとなる。
 一方で神祗官は神話を引き継ぎ、保守性・継続性を担保し、権威を担保する。それゆえに革新的体制になりえない。
 このように律令制度を受け入れながらも、旧来の伝統的権威は神祗官が保持し、太政官は伝統から分立したことが、日本が近代化を容易に受け入れることができた素地となったと山本七平は分析する。これは太政官(権力)と神祗官(権威)の二権分立である。


(現在も残る契約集団と農村の改革)
 農村に残る契約講は、この章で延べる契約集団と同じ機能を果たしているように思える。
 日本の農業改革は昔から叫ばれているが、特に改革が進まないのは農地の集約化と農業への企業参入である。
 これら政策は、契約講に代表されるような農村の契約集団、すなわち農村の権威を担保する機能そのものの変革を迫るため、受け入れ難いものになるのであろう。

 もし、そのような政策を進めようとするならば、農村にある契約集団の保守性と継続性を担保しつつ、その集団から代表者を選出して機能集団を組織し、改革を担わせる、といった手法が必要なのかもしれない。
 と言っても、その手法そのもので生まれたのが、農村票を担保として存続した自民党政治だったのかもしれない。

  
【記:平成23年9月13日】


 山本七平著「日本人とは何か。」をテキストに、日本社会及び日本の農村社会の構造を考察しております。テキストを要約した部分を茶文字で、本ブログ著者の所見につていは青文字で記載しております。

| 「日本人とは何か」を読む | 22:23 | comments(0) | - | pookmark |